マジシャン、という職業をご存知だろうか?
シルクハットから鳩を出したり、箱の中の人間を公開処刑して『実は生きてまーす』と
キリストが生きていれば『是非その奇跡を教えてクダサイ!』と願いを請うような、そん
な芸当をするまっとうな職業の事ではない。
ここで言う所のマジシャンとは、魔術師の事だ。いわゆる、ファンタジーゲームで炎を
どこからか出したり、水を出したり笑いながら巨人が歩いてきたり他人を全裸にしたりと
夢一杯の職業だ。
恐らく、ここ最近の子ども達の将来なりたい職業の下から二八番目くらいに位置し、中
学生や高校生になれば志望進路に誰一人として書く事は無いだろう。
それは何故か、答えは簡単だ。魔術師の扱う『魔法』とは現代科学で証明する事が難し
くて誰もがさじを投げる、そんな理解のされないシロモノだからだ。そんなものを、理科
の大好きな理数系には当然分からないし、文系の人間はそんなものよりも社会事情や法律
に夢中だから学びはしない。どちらにも属そうとしない人間に至っては根本的に学ぶ事そ
のものが嫌いな人間が多く、結局学ばない。
そういう理由から、現代で魔法を使える人間というのは極めて稀だ。そういう人間は大
体、遺伝による伝承、または何かをきっかけに突然古い知識が頭の中に流れてきた場合の
どちらかである。
しかし、それだけで魔法を使う事はできない。これらの事が起これば確かに人間は魔法
の使い方が分かるようになるが、実際に使う事はできない。道具が無い場合がほとんどだ
からだ。
魔法は自然云々の力を用いて使うのが基本である。しかし、自然の力を魔法の力に変換
して射出する為には、変換機が必要だからだ。
そこで使われるのが杖だ。この杖を変換機として使用する事で、人間は初めて魔法を使
う事が出来るようになる。
しかし現代にはきちんと使える杖が希少のため、魔法を使う知識を持つ人間はたくさん
いるが、それを使えるのはほんの一握りの人間だけだという。
松田純一という少年もまた、そんな人間の一人だった。魔法の知識を幼い頃から持って
はいたのだが、それを扱う杖は持っていなかった。
純一の場合、純粋に学ぶ事が好きな人間だったので、魔法の知識を様々なところから引
っ張り出して、知識だけをひたすら蓄えていた。
そしてその知識を皆に話すのが、純一の楽しみだった。
しかし不幸な事に、純一の周囲には魔法の知識を持つ人間が極めて少なかった。現代で
も十人に一人は持っていると言われる知識だが、偶然、純一の周囲は誰一人として魔法の
知識を持っておらず、そのために異端視された純一はよくいじめられた。
「じゅんいちは、うそつきだ!」
「うそじゃないよ、ほんとうにまほうがつかえるんだよ!」
必死に否定する純一を、子どもは突き飛ばした。
「うそつけよ! まほうなんて、はりーおったーとかはーまいおりーとかしかつかえない
んだぞ!」
「ちがうよ、まほうはだれでもつかえるんだよ!」
純一は必死に言った。自分が間違ってるなんて露とも思わなかった。
「こらこら、何を喧嘩してるの君達」
そこに、純一のクラスの先生が割って入った。
「まみせんせい、じゅんいちがまほうがつかえるっていうんだ!」
「まみせんせいはしんじてくれるよね、まほうはつかえるよね?」
真美先生はしばらく『うーん』と言いながら考えた後、言った。
「魔法はやっぱり、はりーおったーとかしか使えないんじゃないかなぁ」
純一をいじめていた少年が、ケタケタと笑った。
「ほーらやっぱり! じゅんいちのうーそーつきー!」
少年の声を聞いていたクラスの子ども達が、理由は分からないがとにかく『うーそーつ
きー』という言葉に続いて同じ言葉を純一に投げた。
クラスの中で、泣き声と『うーそーつきー』の声だけが響いていた。
それ以来、純一は魔法のことについてほとんど話さなくなった。
ちょうどその頃になって、ひっそりと純一の周囲の人間も魔法の知識に目覚めていって
いた。
時は過ぎ、純一は高校一年生となっていた。地区でも平凡な学力地位である県立の高校
に入学し、穏やかかつ若者らしく熱血と友情と青春に明け暮れるはずだった。
しかし、なかなか世の中はうまく行かないものだ。純一はこの時期に、『杖』を手に入
れてしまったのだ。
魔法の使えるようになった途端に、純一の生活は後から考えてみればとても充実した生
活となっていっていた。
気だるい空気が取り巻く、とある高校の午後。
放課後を告げるチャイムが鳴ると、気だるい空気がかっ飛び、活発な空気が入り始める。
この活発な空気はそのまま外へ放出され教室中の活発な空気が消えうせていく。
そのはずだが、とある教室では奇妙な空気が立ち込めていた。
教室には男が二人。互いに睨みあう形で顔を歪めている。
「おう、純一。 ここに呼ばれた理由はわかってんだろ?」
純一は、一回り以上体の大きな男と対峙していた。
「分かってるよ。 どうせあんたも、この杖が欲しいんだろ?」
純一が鞄の中から、『杖』を取り出した。白くて細く、先の方になるにつれて尖りを見
せるその杖は、傍目から指揮棒にしか見えなかった。国際化の進む昨今、ほうきではなく
デッキブラシで空を飛ぶ魔女もいるぐらいなのだから、何でもありといえばそれで済んで
しまう時代なのである。
「分かってんなら渡しな。 痛い目に遭いたくはないだろ?」
確かに痛い目には遭いたくない、と純一は思った。相手の体格は純一より一回りほど大
きく、喧嘩をすれば体躯の差で簡単に負けてしまうだろう。相手が格闘技のようなものを
習っていたならば尚更であろう。
要するに、この場で純一がただ逆らえば、ボッコボコにされるという結果が導き出される。
ただし、そこには『純一が魔法を使う』という要素を除いたときに出てくる結果である。
魔法の力は、単純な腕力の数倍にも値する力を持つ。まだマジシャンという存在が一般
的にあった時代での戦争時は、見習いのマジシャンでさえいっぱしの剣士一〇人分に値す
ると言われるほど、魔法は重要視された存在だ。
この場で純一が魔法を使う事で、逆に相手をボッコボコにすることができる、と今度は
純一に有利な結果が導き出される。
しかし、あと一点重要な要素が抜けている。それは『相手も魔法を使う』という要素で
ある。
本来、魔法は杖を持っている人間が杖を用いて自然の力等を魔法へと変換し、それを射
出するというものだった。しかし、科学というか人間の進歩は素晴らしいもので、魔法を
誰にでも使えるようにする方法を解明してしまったのだ。
そのため、真剣に魔法を学ぼうとしてる人間の一部は、この方法を自分から学んで魔法
を体得している。もっとも、この方法を学ぶのには莫大な金がかかるため、よほど裕福な
人々しか、これらを会得しようとはしないのだ。中にはバイトしてこつこつとローン返済
を続ける真面目な学生もいるようだ。企業で優遇なんてまったくされない資格を必死で取
るとは本当にご苦労な事だ。
ちなみに純一の相手の場合、親のすねかじりによる魔法の取得である。
「残念だが、杖は渡せない。 これは俺のだ」
「どうやら、話し合いじゃ解決しそうに無いな」
恐喝行為じみた事はあったが、話し合いの場なんてものは一切無かったと純一は思った。
ともあれ、二人の間に(かなり一方的ではあるが)戦闘の合意が成された。
「火玉!」
短い叫びと共に、男は大きな火の玉を純一に投げつけた。これは純一も驚いた。
杖が無くても魔法が使えるようになったとはいえ、その方法での魔法は『使える』と言っ
ていいものか悩んでしまう代物である。例えば、ファイアーボールと言う魔法はサッカ
ーボールほどの火炎球を作り出し、相手に投げつける魔法である。しかしこれを杖無しで
行う方法の場合、その大きさはせいぜい、良くて野球ボール、最悪の場合ピンポンの玉程
度の大きさとなる。つまり、無理やり杖無しで行う魔法は基本的にその威力が低くなる事
が証明されている。
しかしどうだろう、男のファイアーボールは杖無しでも杖ありのいっぱしのマジシャン
と同程度のものである。莫大な時間と金を要した結果であろう。これで杖を持たせてしま
えば、恐らく自分では相手にできない、と純一は悟った。
ならば尚更、男に杖を持たしてはいけない。元々、マジシャンにはマッドな人間が多い。
子どもの頃から外で遊ばずに自室に篭り魔法書を読みふける、そのためにコミュニケーシ
ョン能力に欠陥が出てきて、そこを他者から攻められることによりさらに悪化、結果とし
て『世界が悪いんだ!』『世間が悪いんだ!』『ぶっつぶしてやる!』といった考えに行
き着く者が後を絶たない。
「お前、杖を手に入れて何がしたいんだ?」
純一の問いに、男は三秒で回答した。
「世界征服」
(駄目だ、この男はここで始末しないと面倒だ!)
純一もようやく本気で戦う決心をした。
遠い昔、マジシャンは割とたくさんいた。彼等の多くは『杖』を持たなかったが、その
代わり樹木の枝を変換機の代わりとして使っていた。その頃の樹木は今の樹木のように自
然界に無い物質で汚染されたりしていなかったため、そのまま自然の力を吸収する力があ
った。
杖はそんな時代に、より強力な魔法を使うために作られたものだ。古い樹木の枝に自然
界の力をひたすら注ぎ込み、ようやく出来上がる。多くの枝は自然界の力に耐え切れず壊
れてしまうのだが、稀に樹木の中で自然界の力を上手く張り巡らせたり、混ぜ合わせて負
担を軽くする行動を行う枝があり、それらが杖となる。
そうやって生まれた杖は、自然界の力を増幅させて射出したりできる他に、多くの杖が
特有の『魔法』を備えていた。
それらの魔法はマジシャンの中では『禁断の魔法』と呼ばれ恐れられていた。
それからしばらく経つと、今度は究極の魔法への研究が始まった。
研究施設の研究補助者、ブロンソンは今日も杖を見て回っていた。
「えーと、これはもう駄目だな……。 こっちも枝が折れ始めてるな」
事細かに杖に成ろうとしている枝を観察し、調査した内容を書き綴っていく。一日三回
行うこの作業にブロンソンはいい加減うんざりしていた。
「まったく、こんなもの研究して何をするつもりなんだか……」
ため息一つついて、ブロンソンは調査書を机の上に置いた。
「早くこんな事終わらせて、国で待ってる娘に誕生日プレゼントでも買ってやらにゃ」
ぶつくさと文句を言いながらも、作業を黙って進めていた。
そこへ、クロウジー教授がやってきた。栄養不足のためか、今日も顔色は悪い。
「クロウジー教授、おはようございます」
ブロンソンの挨拶に、クロウジーは何の反応も示さずに通り過ぎて行った。
普段から気味の悪い男だが、今日は輪にかけて気味が悪い。
「何かあったのかなぁ……」
ブロンソンは疑問に思いつつも、今日の仕事を終えたので家路についた。
娘には結局、熊のぬいぐるみを買っていくことにした。町の中でも大きなおもちゃ屋で
購入した大きな熊のぬいぐるみを抱きかかえて、ブロンソンは自分の村に帰っていた。
娘の喜ぶ顔を思い浮かべつつ、ブロンソンは家のドアを空けた。
そこには娘も、妻もおらず、ただ荒れ果てた家が残っていた。
料理の途中だったのか、火にかけられた鍋には焦げたシチューが残っていた。
ブロンソンは急いで研究室に戻り、教授の魔法で何が我が家にあったのか調べて貰おう
と思った。
研究室に戻り、クロウジーの部屋へと駆け込んだ。
「教授! 実はうちの娘と妻が……」
「おや? それはこの二人のことかい?」
クロウジーの前に、ブロンソンの妻と娘が横たわっていた。
「いやぁ、人間だって自然の一部。 その魂で杖を作ってみようと思ってね」
「それでうちの娘と妻を……。 何て事を!」
ブロンソンがクロウジーの胸倉を掴んだ。しかしクロウジーはそれに怯まず、というか
状況が飲み込めていないだけか、話を続けた。
「ま、正直誰でも良かったんだがね。 おかげでこの『何でも願いを叶えられる魔法』を
作れたわけだし、結果オーライさ」
あぁ、もう。ぶっ殺す。
ブロンソンの思考がそれ一つに固まった。クロウジーの手から杖を取り上げると、ブロ
ンソンは声高々に叫んだ。
「人を不幸にする魔法と、人間なんか消えてしまえ!」
ブロンソンがそう叫ぶと、ブロンソンの頭に声が響いてきた
「消す代わりに、何か増やすのが自然界のルールだ」
杖の声だろうか?ブロンソンは何を増やすか考えたとき、最初は娘と妻の命を考えた。
しかし、すぐに止めた。人間が生き返るなんて、よくよく考えてみればただの嘘っぱち
だ。
魔法だってそうだ。自然は自然、人間は人間だ。どちらも扱われる側にも扱う側にも立
てるはずがない、共存しているのだから。
そしてその嘘っぱちが人を殺してきた時代があったのだ。冗談じゃない、嘘なんかで殺
されたら死んでも死に切れない。
せめて、娘と妻にしてやれること。
「花だ、花を咲かせてくれ」
ブロンソンがそういうと、杖は大きな音を立てて折れた。そのまま、娘と妻を抱えてブ
ロンソンは外に出た。
クロウジーは既にそこから消えていた。誰一人として、生死も行方も分からない。
研究室の外は、花で満たされていた。消えて行ったものを盛大に見送るかのように、色
とりどりの花が咲き誇っていた。
純一の持つ杖がまさにそのブロンソンの持っていた杖の破片だとは誰一人として気がつ
くはずも無い。魔法なんてとうの昔に消えた嘘っぱちなのだから。
歴史は繰り返すというか、正にそういうことなのかもしれない。研究され続けてきた魔
法は純一の手によって、また忘れられたものとなった。
今、魔法のことなんて言っても『ウソツキ』と言われるだけだろう。
しかしそれが正論なのだ、所詮魔法は『嘘』でしかない、無意味なもの。
争いを生むタチの悪いウソなのだから。
余談だが、人を不幸にする人間も一部消えたようだ。
某国の白い家や、また別の半島のさらに半分の国に、色とりどりの美しい花が咲き誇っ
たという。