遥か昔、人々に恐れられた『鬼』
 貴方は、知っていますか?
 これが、当時治す事の出来ない病魔に侵され、醜い姿になった『人間』だという話を。



 醜い姿となった人間は、病気の感染を抑える為に、村人達によって山に捨てられました。彼等の中に
は、まだ十歳にも満たない子供の姿もあったそうです。
 それでも、彼等は必死に生きました。
 しかし、生きている彼等の、その更に醜くなった姿を見た村人は、『化け物が出た』と騒ぎ立てま
した。人間によって、化け物扱いされた彼らの悲しみ、苦しみ、憎しみは、人間の心の中に存在する
『悪魔』を大きくする餌としては、十分すぎるほどでした。
 こうして、彼らは人間への復讐として、村の人間を襲いました。これが、後に伝わる『鬼』の話の
真相です。

 では、貴方は知っていますか?
 現代に続く、『鬼』の話を。


 『鬼の目に浮んだ涙』


 木々を、黄色や赤の鮮やかな葉が飾り、少しずつその葉が木々から落ちる。 秋真っ只中、今年は例年よりも寒く、
11月の今でも12月上旬の気温だという。
 人々は、布団の上で蓑虫になりながら朝を迎える。

 ここ、金岸家も朝を迎えた。

 白色一色で、殺風景な部屋。その部屋のベッドに、男が静かに寝ている。
 男はゆっくりと目を覚ました。眼前に、いつもと同じ天井が映る。
 「……朝か」
 金岸家の一人息子、金岸哲夫はゆっくりとその身を起こした。
 「てぇ、7:30!?」
 哲夫は枕もとの目覚し時計でそれを確認すると、時計をほおリ投げてすぐに学校に行く準備をし始めた。
 金岸家から哲夫の通う学校までは、電車2本を乗り継がなければならない。それだけならまだしも、30分置きに
一本しか電車が出ない、学生・会社員にとっては地獄のような話なのだ。
 家から学校まで約1時間30分かかる。学校には8:30までに入らないと即、遅刻となる。
 7:30起床+電車時間=遅刻 方程式、完成。
 哲夫の血の気が引く。
 元々、家が遠いことや寝坊癖が災いして、哲夫の高校欠席日数は高校1年11月の現在で20日近い。
 哲夫の通う私立高校では、欠席日数が一年辺りで20日を超えた場合は即、2ヶ月の休学となり、2年までのあら
ゆる成績が欠点、つまり単位習得が出来なくなる。留年にはならないが、卒業単位不足なら4年生となる。
 哲夫は、何も言わずに鞄を掴み、クローゼットを開けて、ハンガーに掛かった制服を着、下へと階段を駆け下りて
玄関の戸を開けた。
 外に出て家の車の後ろに置いてある自転車に飛び乗ると、全速力で駅へと向かって走っていった。


 「また、遅刻か。阿呆だね、あの子は」
 金岸家の居間でソファーに寝そべった女性が、ため息をついた。
 体を起こし、テーブルの上のペン入れから赤ペンを取り出すと、壁際に歩み寄った。
 キュ、ペンで硬めの紙に書いたときに出る、独特の音。ペンは赤い丸を描いた。丸の中には今日の日付、19の数字。
 「11月入ってから、これで5回目の遅刻か……」
 赤丸が所々にあるカレンダーを見て、哲夫の母、金岸七恵はげんなりと、先ほどより重いため息をついた。
 息子の寝坊癖をもっと早く治しておけば、七恵は今更のように思った。
 今からでも間に合うかもしれないが、しかし七恵にそんな気力は無かった。



 一方その頃、哲夫はと言うと、走っていた。
 駅の改札に定期を入れずに、跳躍して改札をかわし、そのまま電車へ一直線。
 結果は!?
 滑り込みセーフ。哲夫はどうにか電車に乗り込んだ。
 これで、とりあえず(今のところは)4年生は回避した、と哲夫はほっと一安心。
 電車は、線路を刻む音を立てながら進む。哲夫は、鞄からMDプレイヤーを取り出し、イヤホンを耳に装着して、音楽を聞き始める。
 哲夫の好きな音楽は、若者らしい、テレビやラジオでランキングが出るような、JPOP。中でも、愛を歌うバラード曲が好みだ。
(うん、やっぱり今年の冬は川田圭佑の『淡い恋人達』だな……)
 哲夫は一人、納得したように首をうんうんと振った。
 そういえば、もう11月。今年は雪が降るだろうか?、哲夫は曲を聴きながら不意にそんなことを思った。
 今年は、例年より気温は低いと天気予報では言っていた。もしかしたら、今年はホワイトクリスマスなんて小洒落たクリスマス
を迎えられるかもしれないな、哲夫は特に根拠も無くそんなことを考えた。
 健全な高校生として、彼女が初めて出来た冬にこんなことを考えるのは、いたって普通なのだろう。


 電車を乗り継ぎ、降りて、哲夫はのんびりと歩き出した。既に耳には10回以上同じ曲が流れている。
 と、後ろからパタパタと小走りで駆けてくる音が曲と共に入ってきたので、哲夫は後ろを向いた。
 「あ、金岸君、おはよう!」
 後ろにいたのは、栗色の長い髪を首下まで伸ばした、女子生徒。着ている制服の胸の所についている赤色のリボンが、可愛く揺れた。
 「おう、おはよう。千恵」
 哲夫も、ビッと、手をあげて挨拶した。それに、千恵と呼ばれた少女も同じように挨拶し返した。その仕草は、哲夫と同い年にはとても
見えないくらい、幼い感じがあった。
 「今日は、遅刻しなかったんだね。良かったぁ」
 「いつもいつも、遅刻ばかりじゃいけないからなぁ」
 今朝、遅刻寸前だったことなんて、とっくに頭の外に追い出されていた。これが、哲夫の遅刻癖の消えない原因なのかもしれない。
 そのまま、二人は並んで歩いた。哲夫の肩くらいまでしか背がない千恵と歩くと、妹か何かと歩いているような感じがある。
 5分ほど歩くと、小さな門のついた学校の生徒通用門まで来た。生徒が一番良く利用する門だ。
 生徒通用門を入ってからすぐ目に付くのは、舗装されて、赤色や黄色のタイルの敷き詰められた校舎までの道の大体中央にある、
 大きな桜の木だ。道の周りには他にも桜の木があるが、その桜の木だけは特別大きくて、 毎年春には綺麗な花を咲かせることから
目立った存在だった。今は秋なので、葉が一つも無く、寂しい雰囲気全開といった感じがあるが。
 そのまま歩くと、警備員室がある。最近、学校への不法侵入者や、それらに関する事件が後を絶たないので、全国の学校で警備員を雇っ
て校内の安全を図っている。哲夫の学校ではつい最近警備員が雇われたので、プラスチックケースのちんけな警備員室だが。その前で
年のいった警備員が生徒達に挨拶をしながら、落ち葉を履いていた。
 『おはようございます』
 千恵と、哲夫の声が重なる。警備員も、それに負けない声で挨拶をした。
 「おはようございます。毎朝、寒い中おあついですねぇ」
 ふと、哲夫は自分の右手を見た。と、哲夫の右手は千恵の左手を握っていた。
 哲夫は、あわてて手を離した。千恵も、驚いたような顔で自分の左手をまじまじと見つめた。千恵の顔は、ほんのり赤い。
 「若いですなぁ」
 警備員は、豪快に笑った。哲夫と千恵は、顔を互いに赤くしながら教室へと向かった。



 教室には、誰もまだ来てなかった。俺と千恵は、鞄を個々の机に置いた。
と、哲夫は自分の机の中に手紙を発見した。千恵に見つからないように、哲夫はそれを隠し見た。
 「…………」
 くしゃりと、哲夫は手紙をそのまま手で丸めた。
 「金岸君、どうしたの……?」
 その様子を見た千恵が、心配そうに哲夫のことを上目遣い(身長差ゆえに)に見つめた。
 「ん、なんでもない」
 哲夫は、千恵から顔を背けた。
 「もしかして、また、不良の人達から何か……」
 千恵の顔に、不安の色が見え始めた。哲夫は、慌てて弁解した。
 「い、いや違う!」
 「じゃあ、その手紙は、何?」
 千恵は不安の色を変えずに、哲夫を問いただそうとする。
 「えぇと、実は、ラブレターを貰って……」
 哲夫のその言葉に、千恵の不安の色が和らいだ。が、すぐにまた色が戻ってきた。しかも今度は、嫉妬の色付でだ。
 「で?金岸君は……会いに行くの?」
 明らかに変わった声色で、千恵が言う。上目遣いではあるが、先ほどとは打って変わって切れ目で上目遣い。可愛くも、怖かった。
 「まぁ、駄目なら駄目って言ってこなきゃいけないし、な?」
 「ふーん、そう」
 千恵は、顔を先ほどとは違った理由で赤くして、哲夫から離れた。哲夫は、そんな千恵を気遣いつつも、教室を出た。



 「ふぅ」
 哲夫は廊下を歩きながらため息をついた。千恵の事が無論メインである。
 このあと、どうやって千恵のご機嫌を取るか、難しい課題である。
 しかし、千恵の不安な顔を見るよりはまだマシのような気もした。本当のことを言えば、『行っちゃ駄目だよ!!』と、無理にでも自分
を止めかねないからだ。
 実の所、千恵の最初に言った『不良の〜』が、正解なのである。哲夫は、先輩から呼び出しを受けたのだ。
 何故、呼び出されるか。それは、哲夫の持つ不思議な能力が原因だ。
 それは、『鬼』の能力。金岸家に代々血筋として、薄くなりながらも受け継がれた『鬼』の血。



 『鬼』は、遥か昔、当時は治す事の出来ない病魔に冒された農民やそれ以下の身分の人々が隔離されるということがあった。
 隔離された人々は主に人気の無い山などの住まわされ、健康な人への強い憎しみ、怒りを持った。
 ある日、それは突如に爆発した。
 山に来ていた農民の、病気によって皮膚の色などが変わった自分を見たときの一言
「うわぁ!!化け物だぁぁぁ!!!」
(同じ、人間に向かって、化け物だって!?)
 積もり積もった憎悪や怒りが、大爆発し、人に、人間を遥かに上回る力を与えた。
彼らは、当時の説話に出てくる『鬼』に姿が似ていると噂が流れ、次第に彼らは『鬼』と呼ばれるようになった。


 これが、今も続く鬼の血筋の大元である。無論、金岸家以外にも鬼の血筋のある家はあるらしいのだが、少なくとも分かっている内では
この学校に在学する生徒では鬼の血を引く家は、金岸家だけだった。
 哲夫が、不良学生である先輩達に呼び出された理由、それはたったひとつ。―――喧嘩だ。
 不良同士の争いに、哲夫は言わば『用心棒』として扱われるのだ。
 少なくとも、哲夫にはそれ以外の理由は思い当たらなかった。

 手紙に書かれた、体育館裏に哲夫が着く。そこには既に、呼び出し人と思われる、見るからに不良な男が5〜6人、煙草を吸ったり
アンパンの袋を口に当てて何やらしていたりした。
 「……手前が、『番殺しの哲夫』か?」
 不良の中の一人、リーダー格のような男が、哲夫の方を睨みつけるように問う。 
 「あぁ、そうだ。あんたらが、俺を呼び出した弱虫達か?」 
 不良たちに全く臆すること無く、哲夫が答えた。こんな奴らにしょっちゅう会っているのだから今更臆する必要は全く無い。
 『弱虫』という言葉に、不良の一人――カラスのような嘴をつけた男がすっくと立ち上がる。
 「あぁ?手前、誰に向かって物いっとんじゃコラ」
 「やめろ、笹馬。」
 リーダー格の男が止めるのをよそに、笹馬は哲夫に大股で近づく。
 「こんな、ガキくせぇ奴。いなくても十分ですよ」
 笹馬が、そう言って哲夫の首元を掴みかかろうとした。――が、
 哲夫は、既に笹馬の後ろにいた。笹馬を無視して、リーダー格の男に近づく。
 笹馬は、その哲夫の後姿を黙って見過ごせるほど、頭は良くなかった。笹馬の頭に血が上る。
 「なめやがって、このガキ!!」
 ベルトにかけられた皮製の入れ物から、バタフライナイフを取り出し、笹馬は哲夫に突進した。
 哲夫は、ただ静かに振り向き、笹馬を睨みつけた。
 ビク、笹馬の脚が止まった。笹馬の脚が、かくかくと震えだす。
 これは、鬼の超能力か?否、これは―――ただの睨み付けだ。
 だが、哲夫の睨みは、哲夫の瞳は、明らかな殺意が篭っていた。
 そう、笹馬はびびったのだ。哲夫のその恐ろしさが、たった一度の『睨み』で、動物的に感づいたのだ。
 笹馬は、バタフライナイフをその場にぽとりと落とした。足は、がくがくと震え、股間の辺りから液体が漏れ出した。
 目は大きく見開かれ、足は動いているのに、その上の体はぴくりとも動かない。動かせない。
 「う、うぅ……」
 笹馬は、少し唸るとその場に跪いた。リーダー格の男が、軽く口を鳴らした。
 「やるじゃねぇか。鬼の噂は嘘っぱちじゃないようだな」
 「で、俺は何をすればいいんだ?」
 哲夫は、笹馬からリーダー格の男に眼を移す。
 「あぁ、なんてこたぁ無い。あんたには、俺たちの喧嘩の手助けをして貰うだけだ」
 「それは、いつだ?」
 「今日の、午後5時に公立阿部川高校でだ」
 「了解した」
 そう一言いって、哲夫はその場を離れた。



 別に、哲夫は喧嘩は好きじゃない。しかし、哲夫にはやらねばならないことがあるのだ。それは、『鬼狩りの抹殺』というもの。
 鬼の一族を滅ぼし、不安を取り除こうとする彼ら『鬼狩り』は、鬼の血筋である哲夫にとっては邪魔な存在だ。
 哲夫に届いた情報では、鬼狩りは鬼を見つけ次第、冷徹に、何の前触れも無く殺したという。
 持った刀『斬鬼』で、鬼の骨を断ち、鬼の心臓を抉り取り、最後に彼らの持つ炎の力でその死体を跡形も無く焼き尽くす。
 そして、周辺人物の記憶を消し去り、元からその人物をいなかったようにしてしまう、と。



 哲夫に、そんな空しく、寂しい死を迎える気なんて全く無かった。そのために、鬼狩りを今のうちに殺してしまわねばならない。
 幸いにも、鬼狩りはある条件の下に鬼を発見するらしいのだ。それは、『鬼の闘気』。
鬼が、変身時に放つ闘気を鬼狩りは察知して、鬼を探すらしいのだ。
 そして、変身に最もうってつけな状況、それは『不良同士の喧嘩』である。
警察を内心どこかで恐れる不良なら、一般人には見つかりにくい所で喧嘩をするし、鬼の姿を見られたら奴ら全員をその場
で殺してしまえばいい。不良が10人、20人くらいいなくなっても、学校側も世間も大きな心配はしないだろう。
 哲夫の考えは、とりあえずこんなものだった。



 哲夫が教室へ戻ってくると、既に何人かの生徒が来ていて、友人達と話をして楽しんでいた。
 哲夫は、千恵の姿を探す。千恵は、自分の机で何やらしていた。
 「なーにやってんだ?」
 哲夫が千恵に言うと、千恵は慌てて、手に持っていた物を後ろに隠す。
 「なんでもないよ。それより、用件は済んだの?」
 千恵が半眼で哲夫を睨む。
 「あぁ、済んだよ。ちゃんと『その気は無い』と断ってきた」
 千恵が、『そ、そう』と少し安堵した感じを見せた。哲夫は、その千恵の仕草がたまらなく可愛く思えた。
 「じゃ、じゃあさ、金岸君。今日、二人で星を見に行かない?」
 「星?」
 千恵が頷く。
 「うん。この前化学の先生が言ってたよ。今月の18,19日は、しし座流星群が来て、流れ星が見えるって」
 「そう言えば、そんなこと言ってたような気がするな」
 授業くらいしっかり聞いとこう、哲夫はそう思った。
 「でも、流れ星なんか見て、……なんか、願い事でもあんのか?」
 「え!!」
 千恵の顔が赤くなる。どうやら図星のようだ。
 「あ、でも流れ星なんか滅多に見れないから、見たいと思わない?」
 「別に見たいとは思わんがね」
 「むーーーー!だったら、私一人でもいくよ!!」




 「……で、結局ついていくはめになったわけだ」
 「別に、私頼んでないよ」
 現時刻AM1:30、辺りは暗く、空気は寒い。
 哲夫は、マフラーにジャンパーと、しっかり防寒対策してきていた。が、着膨れして格好よさが5割ダウン。
千恵も防寒対策をしているが、さすがは女の子と言った所か、全体的に薄めのピンク色で統一され、可愛さが変わらず。
 ……だが、千恵のその可愛さを大幅にダウンしたものがあった。それは、千恵の背丈よりも高いバッグである。何が
入っているのか分からないが、異常な大きさは千恵の影を大女にしていた。
 「……その鞄、何が入ってるんだ?」
 「秘密だよ♪」
 千恵はそう言って、早く早く、と哲夫をせかした。歩き始めて約5分、二人は閉まった校門の前まで来た。
 学校はしんと静まり返り、人っ子一人いる様子は無かった。
 哲夫が、校門を開けようと校門に手をかける。金属製の校門は、哲夫の手を更に冷やす。
 「寒!!」
 体を震わせて、哲夫は校門を何とか開ける。重々しい音を立てて、校門が開いた。
そして、二人は校舎に忍び込み、静かな階段を上って、屋上に出た。


 「あ、流れたよ!!」
 千恵が、流れる粒のような星を見つけて叫ぶ。白色の声は、暗い闇夜に解けて消える。
 「お、どれだどれだ?」
 哲夫が、千恵の指差す方を見渡す。だが、流れ星はもう見えなかった。
 「あっという間なんだな。千恵、こんなんで3回も、星が消える前に願い事言えるのか?」
 哲夫は、早口言葉の苦手な千恵に意地悪く言った。が、千恵はまた新しい流れ星を見つけはしゃいでいて、
聞こえていないようだった。
 はしゃぐ千恵をよそに、哲夫は逆方向の空を眺めた。空には、今まで教科書でしか見た事の無いような、光を放つ星が
点々としていた。
 都会では、星は見えないと聞いたことがあったが、以外にもかなり見えるじゃないか。哲夫は自然の強さと美しさを実感
したような気がした。
ふと、自分の手に目をやる。
(この体には、鬼の血が流れてる。長い過去から続く、忌むべき血……)
 昔から変わらないという星、昔から続く忌むべき鬼の血。同じ過去から続くもので、こうも差があるのか。
 そう思うと、哲夫は自分の存在、鬼の血族の存在が空しく思えた。鬼の血は、恨みや怨恨の象徴だからだ。
 星は、光り輝く未来を象徴する。過去に囚われ続ける自分や他の鬼。
 こんな自分にも、星を見れる権利があるのだろうか?未来を見る権利を見ることができるのか?
 俺らしくも無いや。哲夫は頭を振って今考えた事全てを振り払おうとした。現にはそうはできないかもしれないが。

 

 日が見え始めると、流れ星は全く見えなくなった。哲夫と千恵が帰ろうとした。
 「あ、金岸君。先いっててくれる?」
 突然、千恵がこんなことを言ったのは、校舎を出た直後のときだった。
 「御免、教室に忘れ物してたんだ。とってくる」
 「大丈夫か?一緒についていってやろうか?」
 千恵が首を横に振る。
 「ううん。いいよ。大丈夫だから、先に帰ってて」
 千恵がそう行って、校舎へと入っていった。
 「……ま、大丈夫かな」
 哲夫は、校門の前で待つことにした。いくら千恵が大丈夫だと思っても、女の子一人残して帰るのはやりきれなかったからだ。




 校門前で待つこと10分余り、千恵はまだこなかった。少し遅い。
 「やっぱり見に行ってくるかな」
 哲夫は、校門から校舎まで走ろうとした、と
 ――――――――
 哲夫の頬が赤い曲線を記し、曲線から一筋の赤が流れる。哲夫が、頬に手を当てると、生暖かい赤いものが手についた。
それは、紛れも無く血だった。
 哲夫が、すぐさま殺気を感じ取り、自分の背の方を向く。そこには、全身を黒い衣服で包んだ『人』らしきものがいた。
 布の間にきらめく、切れ目の瞳。女性とも男性とも区別がつかない。背は、哲夫よりは下のようだ。そして、手に持つのは刀
細い一筋の赤が流れている。
 「誰だ」
 哲夫が、感情を押し隠して訪ねた。
 「鬼、貴様の居場所はここではない」
 どうやら、当たりがきちまったようだ・・・哲夫が身構える。
 「あんたは、鬼狩りだな?」
 「鬼に名乗る趣味は無い」
 鬼狩りが、瞬時に哲夫との間合いを詰める。哲夫と鬼狩りとの間合いが、肉薄する。
 「!!」
 鬼狩りが、手に持った刀を両手でまっすぐに振り下ろす。哲夫は、それを首の皮一枚でかわす。哲夫が、拳を固め、
そのまま拳で相手を突く。
突きは鬼狩りの前頭部を直撃した。
 「グ」
 突きによって、鬼狩りが突いた方向に飛ぶ。鬼狩りは、地に刀を突き刺してブレーキ代わりにして、力を抑えた。
 哲夫は、鬼狩りに刀を抜く暇を与えないよう、すぐさま接近して追撃の膝蹴りを鬼狩りの腹に入れる。鬼狩りの口から、唾液と、
胃の中の消化途中物が流れ出る。膝蹴りを受けた腹を抱える。
 そこを見逃さず、哲夫はその膝を今度は鬼狩りの顎を崩す。顎を崩されたことで、脳が揺れ、立つ事がままならなくなる。
 鬼狩りがよろめく。哲夫はとどめと、後頭部目掛けて両拳を力の限り振り下ろした。だが、鬼狩りはよろめいた足を奮い立たせ、
頭を動かし拳を回避する。返す刀で、刀の柄で哲夫の顎を崩し返した。
 哲夫が体を支えられず、哲夫が手を地につく。哲夫の後ろに立つのは、大きく刀を振りかぶった鬼狩りの影。
(死ぬのか――)
 哲夫が死を覚悟した。頭に浮かぶのは、出掛ける時にホッカイロを渡してくれた母の姿、電車から見えた富士山、
いなくなった父の姿―――そして、千恵の、怒った顔、笑った顔、会ってから見てきた千恵の全ての顔。


 
 「…………?」
 哲夫が、いつまでも来ない斬撃を不信に思い、後ろを振り向く。鬼狩りは、刀を哲夫の体ぎりぎりで止めていた。
 「何故、鬼に変身しない?」
 鬼狩りの、高めの声が聞こえた。もっとも、男か女かはそれだけではわからないが。
 「貴様、鬼なら何故鬼に変身しないのだ?」
 「……俺には、鬼になれるような『鍵』が無い」
 哲夫が表情を変えずに言った。
 ごく普通の、父親こそいないが、母に育てられ、人を慈しむ心を養い、そして今は千恵という女性がいる。平和な生活を過ごす哲夫には
鬼に変身する鍵、即ち同じ人間に化け物扱いされたような『怒り』や、長年の病気での『苦しみ』、そしてなにより人間や他の生き物への
強い『恨み』が無い。だから、鬼への変身はできないのだ。
 鬼の血筋を持つ人々は、その不可思議な力によって惑わされ、自分を見失い、あるいはその力のためにいじめられて、
他の平和に生きる生き物達に強い恨みを抱くようになる場合が多いのだ。むしろ哲夫のような生活は鬼の血筋の者のなかでは『異例』だ。
 「鬼に変身すれば、生き延びる可能性があるはずだ、鬼に変身しろ!」
 鬼狩りの口調が、なぜか強くなる。哲夫に鬼になることを強要し始めた。
 「断る。俺は、人間に恨みなんて抱いちゃいない。殺るならさっさと殺れよ」
 「……」
 鬼狩りが、刀を鞘に戻した。
 「鬼にならない鬼族なんて、斬る必要は無い」
 鬼狩りは一言そう言うと、風のようにその場から立ち去った。一人残された哲夫は、呆然と鬼狩りのいた場所を見つめていた。



 次の日、千恵は学校を休んだ。
 哲夫は、忘れ物の一件から姿を見せない千恵を、心配に思った。



 しし座流星郡を千恵と見てから2日たった。その日、哲夫は何故か早起きした。
自分でも信じられないくらい、学校へ行くのに理想的な時間に目がさめたのだ。
 母、七恵は『明日は雪が降るね』等と言っていた。
 「……そういえば、今日はあんたの誕生日だったね」
 七恵が、唐突に言った。
 「……そうだっけ?」
 哲夫は、自分の誕生日なぞすっかり忘れていた。頭には、一昨日の鬼狩りのことと、千恵が今日こそ来るか、と言う事だけで一杯
だったからだ。
 「ケーキくらいは用意してやるから、さっさと帰ってこいよ。遅かったらケーキは私一人で全部食う」
 「……俺の分、残しといてくれよ、俺の誕生日なんだし」
 「嫌だ。ほしけりゃすぐ帰って来い」
 哲夫は苦笑を浮かべながら、家を出た。



 いつも通り、駅まで来ると、今日は千恵がいた。
 「おはよう、千恵」
 哲夫が話し掛けると、千恵は笑顔を見せて、挨拶を返した。
 「おはよう、金岸君」
 二人は、そのまま歩き始めた。
 「この前はごめんね、忘れ物取りに言ったら、用事を思い出しちゃって、すぐに帰らなきゃいけなかったの」
 「なら、一言言ってくれりゃあ良かったのに」
 「うん、本当に御免ね」
 千恵が両手を顔の前で合わせて必死に謝った。と、哲夫は千恵の額にあることを気がついた。
 千恵の額には、ばんそうこうが貼ってあった。
 「それ、怪我でもしたのか?」
 千恵が、慌ててばんそうこうの部分を隠す。
 「う、うん、ちょっと頭をぶつけちゃって」
 「相変わらずどじだなぁ、気をつけろよ」
 恐らく、昨日休んだのも用事とやらが原因なんだろう、と哲夫は一人納得した。
 「そうだ、金岸君。今日誕生日だよね。私、プレゼント持ってきたんだよ!」
 「おお!!本当か!?」
 「うん、放課後に、体育館裏に来てよ。そこで渡すから」
 千恵も、皆の前で男子に物を渡すのは恥ずかしいのだろう。哲夫は素直に了承した。




 放課後の体育館裏に、笹馬はいた。顔や腕、様々な所に絆創膏が貼ってあった。2日前の喧嘩が原因である。他校の番長達
との喧嘩だったのだが、肝心の秘密兵器である、用心棒が来なかったが為に、喧嘩には負けるわ
自分は痛い目を見るわとロクな事が無かった。
 「くそ、それもこれもあの野郎のせいだ!」
 体育館の壁を思い切り蹴っ飛ばし、彼は吸っていた煙草を放り捨てた。
 と、笹馬はあるモノを見つけた。
 それは、背の小さい女生徒の姿だった。確か、彼らの頼んだ『用心棒』の恋人だったはずだ。
その女生徒の手には、白い包みが握られていた。様子を見る限り、誰かを待っている様だった。
 笹馬には、彼女が誰を待っているかは容易に想像できた。そしてそれを想像すると、滅茶苦茶腹立たしくなってきた。
 自分達がこれだけ痛い目を見ているという時に、用心棒は女とイチャついている、という事にいらついていた。
 (だったら……)
 笹馬は、のそりと、女生徒の方へ歩き出した。その顔には、恐ろしい笑みが浮んでいた。
 (あいつとあいつの女にも、痛い目を見せてやる……)
 笹馬の手には、愛用のバタフライナイフが握られていた。




 哲夫が校舎を出たのは、帰りのショートホームルームが終わって30分が経とうとする頃だった。
不運にも、数学の教師に呼び出されてしまい、千恵を待たせる結果になってしまっている。
 「待ちくたびれてなければいいけどな……」
 哲夫は呟きつつ、体育館まで差し掛かったときに、『異変』に気がついた。
 血の臭いと、異常なまでの殺気を感じたからだ。哲夫は、ゆっくりと体育館裏に近づいていった。


 体育館の裏に立っていたのは、背丈の小さな少女だった。その少女の前には、少女の膝元あたりの高さまで積もった灰があった。
 その少女が千恵であることに気がつくのに、哲夫は数秒掛かった。


 「千恵……?」
 哲夫の声に、少女は反応した。少女の顔には、表情が無かった。
 「金岸君、私、人を消しちゃったよ」
 千恵の声は、台本の棒読み以上に感情の欠片もないものだった。
 「理由は分らない。でも、この人が襲い掛かってきたら、私の手が勝手に動いて、手から青い炎が出てきて、この人、
私の目のまで灰になっちゃった」
 千恵の右手から、青い炎が浮かび上がってきた。
 「それでね、金岸君。私、今度は金岸君を殺そうとしてるみたい……」
 今までしていた栓が外れたかのように、千恵の瞳から涙が溢れ出てきた。
 「千恵、どういうことなんだ?」
 「分らない、分らないけど、私の体が勝手に動くの!」
 千恵が地を蹴って、哲夫に向かってきた。炎が浮んでいた掌を前に押し出し、そのまま哲夫の体に触れようとしてきた。
哲夫は、それを左に回避する。
 千恵の掌は空を切った、はずだった。しかし
 「な!」
 哲夫の右腕に、鋭利な刃物で斬られたような傷がついていた。傷口から、赤い血が流れ出した。
 見ると、千恵の左手に刀が握られていた。そして、その刀は
 「昨日の、鬼狩りの刀……!?」
 昨日、哲夫に襲いかかってきた鬼狩りの持つ刀と、同じものだった。
 「ソウダヨ、金岸君の推測は、当たってるよ」
 千恵が、抑揚のない口調で言った。
 つまり、千恵は
 「鬼狩り……なんだな?」



 「もっとも、この娘が鬼狩り、てわけじゃないんだけどね」
 「どういう、事だ?」
 「簡単さ。鬼狩り、てのはこの娘に寄生してる、鬼の魂の部分なのさ」
 千恵の顔で、鬼狩りがそう言った。
 「鬼狩り、てのも所詮は鬼なんだよ。でも、中途半端に人間を思う心があったから、人間を殺すわけにいかず、
代わりに鬼を殺したんだよ」
 「鬼、そうは言っても、鬼は元々人間だったんじゃないか!」
 哲夫が叫んだ。鬼狩りは、表情を変えずに話した。
 「『元』人間だろ?あくまで『元』だ」
 哲夫は愕然とした。まさか、鬼の中で、自分達自身の事をこんな風に考えている奴がいるとは、思いもしなかったからだ。
 「数百年の時が、俺を魂だけの存在に変えてしまった。しかし、魂だけになっても、他の生物を殺したい気持ちが
止まなかった。だから、俺はこの娘にとりついたんだ。中々、居心地がいいぜ?」
 「千恵の中から、今すぐ出てけ!」
 哲夫が叫んだが、鬼狩りの方はそれを拒否した。
 「居心地が良い場所を離れる理由があるか?」
 「だったら、お前を引っ張り出してやる……」
 哲夫がそう呟くと、自分の両手に力を込めた。そして、そのまま鬼狩りに飛びつく。
 「霊体である俺を、どうやって引っ張り出そう、ってんだ!」
 「こうやって、引っ張り出すんだ!」
 哲夫の両手には、札が握りこまれていた。両方とも、破邪の札である。呪い等の物を払うために使用する札で、
強力な霊力が込められている。
 哲夫が物心ついた頃から、祖父に渡された品である。祖父は、もし鬼に変わりそうになったら、これを体に
貼り付けておけ、そのために常備しておけ、と哲夫に教えた。
 哲夫は、両手に霊力を流し、そのまま鬼狩りの霊を力一杯引きずり出した。そして、その霊を自分の体に
取り込むと、体に残り4枚の札を貼り付けた。
これで、鬼狩りの霊は哲夫の体から出ることが不可能になる。
 哲夫が、一息ついて、千恵の方を見た。しかし、そこにいたのは、土気色の肌の千恵の姿だった。
 哲夫が、千恵の胸に手をあてても、心臓の鼓動音は聞こえなかった。
 ただ、死んでいた。




 哲夫には、わけが分らなかった。何故、千恵が死んでしまったのか。
 その答えは、鬼狩りの霊が知っていた。
 「元々、あの女の生命力は少なかったんだ。何かの病気なのか知らないが、俺があの中にいても、生
きているぎりぎりだった」
 頭に響く霊の声が、何処か悲しげだった。
 「お前も、千恵の事が好きだったのか……?」
 「あぁ、惚れてた」
 霊は率直に答えた。哲夫は涙を流しならそれを聞いた。霊も、泣くのを堪えて、哲夫に返答していた
のかもしれない。声が、微かに震えていた。



 数秒の間だった。その間で、哲夫の頭の中では、千恵との思い出が物凄いスピードで流れていく。



 思い出を頭の中で巡らせても、哲夫の中の虚しさは消える事が無い。もちろん、哲夫自身は今まで生きた
約16年を、全て千恵の為に捧げたわけではない。しかし、千恵の死んだ今、哲夫は自分の生きる理由全てを
失った感覚に包まれていた。
 今、この場で千恵が起き上がって、またあの声で『金岸君』と呼んでくれたら、それだけで、この先の
人生に希望が持てる気がした。
しかし、それは叶う事の無い、儚い夢に過ぎない。
 
 


 鬼狩りを探す為に、哲夫は不良達と行動を共にしてきたため、いつの間にか哲夫の周囲に近寄ろうとする者は
いなくなっていた。哲夫はそれでも構わない素振りを見せてきたが
、内心傷ついていた。もっと友人達と喋りたかった。それよりも、『親友』と呼べる友が欲しかった。心の中では、
常に人とのふれあいに飢えていた。
 そんな時哲夫に声をかけたのが、風紀委員の千恵だった。風紀委員は、それまで哲夫や、不良に関しては一切口出し
をしなかった。『君子、危うきには近づかず』という方針だったのだが
風紀委員入りたてで、人一倍正義感の強い千恵にそんな方針は理解できず、千恵は促進して、不良達への規則違反等の
注意を行っていた。一年の不良社会の関係では、一番上が哲夫だったが、哲夫が千恵の言葉に耳を傾けたことにより一年生の
不良はほぼいなくなる結果になった。
 自分に真剣に向き合ってくれる千恵に対して、哲夫はいつの間にか惚れていた。そして、上級生の不良達に千恵が目をつけられて
いることを知ると、哲夫は不良達を力でねじ伏せて、千恵への干渉を止める様言いつけた。


 相変わらず、不良と喧嘩に行くことを止めず、周囲の人間は離れていたが、哲夫には千恵という、たった一人の味方ができたから、
寂しい思いをすることも無くなっていた。


 そして哲夫は今、また独りになった。暖かな空間から突然、極寒の空間に放り出されたような気分だった。
 そして、千恵を助ける事すらできなかった自分が、ただただ悔しかった。



 「……鬼、て奴は、大した生命力を持ってるそうだな」
 霊が、哲夫の頭の中に喋りかけた。
 「俺には、他の生き物から生命力を奪い取って、自分の物にする力がある。この力を使うと、怪我はおろか、腕一本失っても、そ
れを再生する事ができる」
 霊のその発言に、哲夫は目を剥いた。
 「本当か!」
 「恐らく、俺の祖先の鬼の恨みは、健康な肉体を持つ生き物全てに向けられたんだろうな。
だから、こんな能力を持ってしまったのだろう」
 霊は、呆れたような口調で言う。
 「ただ、いくら鬼の生命力が高いとは言っても、人一人を蘇生させる為には、かなりの生命力が要る。最悪、お前も死ぬかも知れない」
 哲夫は、強く叫んだ。
 「構わない!」
 「よく言った。それでこそ、男だ」
 霊は、どこか満足そうな声で言った。顔があるなら、その表情は、満面の笑みだったのかもしれない。



 「今から、お前の生命力を吸収して、あの娘に俺がもういちど取り憑いて、体を再生させる。その時に、病気も取り払おう」
 「……取り憑くのか?」
 哲夫が、不安げな顔を浮かべた。
 「……あの娘を再生したら、そこで俺も成仏できるはずだ。普段は、相手を絶望においやって、そこから生命力を吸収するんだがな。
こんな希望に溢れる男から生命力を奪ったんじゃ、鬼の霊である俺には耐えられない」
 「じゃあ、これでお前とはお別れなのか……」
 「ま、鬼なんて滅んじまった方がいいんだよ」
 始めるぞ、と一声かけて、霊は哲夫の生命力を自身に取り込み始めた。
 「鬼、てのはな」
 吸収中に、霊が哲夫に喋りかけた。
 「恨みや、憎しみと共に生きて、始めて鬼でいられるんだ。希望と共に歩んでいけることが分っているような奴は、
いくら鬼の血筋を引いていても、鬼じゃない」
 生命力吸収の影響で、哲夫の頭にはその声もぼんやりとしたものにしか聞こえていない。
 「少なくとも、自分が希望を持って生きていられるときは、自分が鬼であることに悲観するな。希望を持って生きていく奴は、
まず鬼になんかなれるはずがないんだからな」
 そこまで聞いて、哲夫の意識は途切れた。
 「もっとも、それを言うなら俺だって、鬼なのかどうかわかりゃしねぇ」
 霊は、独り言を続けた。
 「それに、現実には鬼の血筋を引いてなくても、鬼のような奴がいるんだ。血筋を引いているかどうかということと、
本人が鬼であるかどうかは、別の問題じゃねぇのかな」
 霊は哲夫の意識が失われていることに気がついた。



 「俺も、その事にもっと早く気がついてりゃ、あいつを幸せにできたのかもしれねぇや」
 誰にも聞こえない、誰からも見えないところで、霊は涙を零した。
 彼もまた、肉体がある頃に一人の少女と恋仲になった。しかし、彼は常に悩んでいた。
鬼の血筋を引いた鬼である自分が、彼女と付き合う資格があるのか。
 そしてある朝、彼は決断してしまったのだ。『鬼は、鬼らしくするべきだ』と言うことに。
そして、彼は彼女を捨て、人や鬼を殺す事に快感を覚えた。しかし、どれだけ快感を得ても、
彼女と過ごした時の気持ちを忘れることができず、混乱し続けた。
 「だから、ていうのもおかしいかもしれねぇが、お前だけは、忘れるな。希望は離すな。
希望を持っている自分に悩むな。そのまま、突き進め!」
 千恵の体に入り、再生を念じた。千恵の体は、見る見る生気を取り戻した。
霊はそこで自分の存在が消滅し始めていることに気がついた。消えかかる直前に、彼は一言言い残した。



 「希望さえあれば、それだけで人は生きていける。生きていこうと思うなら、自分の存在に悩む必要なんて無い」







 冬が終わろうとしていた。校庭の雪はほとんどが溶け、桜の木につぼみができはじめていた。
 「このまま行けば、留年は避けられそうだね」
 少女が、学校へと続く道で、隣を歩く男子生徒にそう言った。
 「まぁ、高校一年から留年なんて洒落にならないからな」
 男子生徒も、答えた。
 「じゃあ、春休みは安心して、お花見に行けるかな?」
 「千恵の場合、花より団子じゃないか?」
 その発言に、千恵と呼ばれた少女は、頬を膨らまし、手に持っていた鞄を男子生徒の顔にぶつけた。
あいた、と男子生徒が声を漏らす。
 「哲夫君こそ、花より団子なんじゃない?」
 「いや、おれは花より……」
 哲夫はと呼ばれた青年は、少女の肩を掴んで、抱き寄せた。
 「花より、千恵かな」



 パシン、と。
 男子生徒の頬が叩かれるような音が、静かな朝の校庭に響いた。

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