――あの日から、何年と何日経ったのだろう。 そんな事を思いつつ、少年はバス停でじっと立っていた。 辺りは雪が降り積もり、少年の息を白く染めていた。風は、刺すように吹く。 少年は黒いコートを身にまとい、背中には少年の背丈より高いギターケースが担がれていた。 ――あの日も、こんな風に雪が降っていたな。 少年が空を見上げる。星ひとつ見えないが、一つ一つの雪が街灯で照らされると、星に劣らぬ美しい輝きを見ることができた。 しかし、それも地面に落ちれば誰かに踏まれ、汚れて消えていく。 ――まるで少年の、思い出のように。 『歌、上手ですね』 少年が、その少女に出会ったのも、こんな雪の降る日だった。 少年が父から譲り受けたギターを、学校の音楽の先生に習っていたところにその少女は来た。 『・・・そうでもないよ』 少年は無愛想にそう言って、ギターをかき鳴らす。やっと覚えたコードで、単調ながらメロディーを奏で歌う。 それも、TVのCMで聞いた『サビ』の部分だけ。 『楽器、好きなんですか?』 少女が音楽準備室から、メロディーベルを持ってきた。 『私も好きなんです。あまり上手くはないですけど・・・』 少女がはにかみながら、少年のギターに合わせてメロディーベルを鳴らす。少年は構わずギターを弾く。 観客のいない、小さな音楽会はその後も何度も行われた。 やがて、二人は気が合うようになり、恋人に発展した。もっとも、それまでには千を超える小さな音楽会が行われていたが。 付き合い始めて初めての冬、二人はクリスマスを共に過ごす事になった。 待ち合わせたのは、学校の近くのバス停。少年は待ち合わせ場所に急いだ。 片手には、赤と白のストライプで包装された少女へのプレゼント。落とすまいと、しっかりと抱えて走った。 やがて、バス停にたどり着いた。少女は、真っ白なコートを着てバス停で待っていた。 『ごめん、遅くなった』 『いいよ、行こう』 少女がそう言って歩くと、解けた雪の氷で滑って転んだ。 『何やってるんだよ!』 少年がそれを見て笑った。少女も照れ隠しに笑った。 『ほら、掴まれよ』 少年が少女に手を差し出す。少女はその手を―――――――――― 少年が最後に少女の手を握り締めた時、少女の手は既に冷たかった。 少年は、涙を流しながらその手を強く握り締めた。ただ、それだけだった。 少年が、バス停の中央の辺りに目をやった。そこには、少年が去年飾った花が茶色くなって残っていた。 バス停に飛び込んできた車の運転手は、去年自由の身になったらしい。 少年はその事をきっかけに、ある決意をし、ここにやってきた。 少年が、枯れた花に顔の位置を合わせた。 「なぁ、優。俺、この町から出ることにしたよ。この町を出て、都会で立派な歌手になるんだ」 花は、何も答えずただじっとしていた。 「お前のこと、もうすべてけりがついたと思うんだ。――だから」 雪に、水滴が一粒降った。水滴は、雪にしみこんで見えなくなった。 「俺のこと、天国からでいいから・・・見送ってくれよ」 降る水滴が、雪を少しずつとかした。 少年は、背中のギターケースからギターを取り出した。右手を、弦の前においた。 「これが、これが俺からの―――最後のクリスマスプレゼントだ。受け取ってくれ」 少年は、力の限り歌った。少女と共に作った、少年も、そして少女も大好きな歌を。 少年の歌声は、空から降る雪に混じり、地面に落ちて染み込んでいった。 そこへ、駅に向かうバスが来た。 少年がバスに乗り込み、バスは出発した。すると、 ・・・・チリリリン、チリリリン・・・・ どこからともなく、メロディーベルの音が響いた。 音は、バスが見えなくなるまで止むことは無かった。